「さようなら」の意味とは?

NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組で
興味深い内容を放送していました。

テーマは
<日本人は別れる時に「さようなら」と言うのはなぜか?>

そして、その回答は
「これまでは こうだったんだから、そうであるならば、
このあとは・・・・・・ねっ。」
という意味を込めて、
「さようなら」と言っている、というものでした。

これでは
今一つピンときませんね。
そこで、

竹内整先生の登場です。

竹内先生は鎌倉女子大学で
「日本人の思想と日本語の歴史」を研究なさっています。

 番組では竹内先生の説を以下のように紹介しています。

世界の別れる時に使う言葉

世界の別れる時に使う言葉は、
大きく三つに分類できます。

わかりやすいので、英語の例を見ていきます。

①英語の場合
~ホームステイ先での別れ~

ホームステイ先の家族   :「気を付けてね」
ホームステイをしていた青年:「Good  bye」

「Good bye」

「God  be  with  you」(=神はあなたとともに)
の短縮形です。

しばらく会えなくなる場面で使います。
神に相手の無事を願う別れの言葉です。

②英語の場合
~友だちとの別れ~

「See  you  later」(=また会いましょう)

再会を願う別れの言葉です。

③英語の場合
~卒業での別れ~

「Farewell」(=うまくやってください)

これは相手の健康を気遣う別れの言葉です。

世界の別れる時に使う言葉の分類

英語以外でも、上記三つのいずれかに当てはまる
別れの言葉が多いようです。

  ①神に願う ②再会を願う ③健康を願う
英語 Good  bye See  you  later Farewell
スペイン語 Adios Hasta  la  vista Cui  date  mucho
フランス語 Adieu Au  revoir  
ドイツ語 Tschuss Auf  Wiedersehen Leben  Sie  wohl
中国語   再 見  

日本語の別れの言葉「さようなら」

日本語の「さようなら」は
上記①から③の分類のどこにも属しません。
独自の別れ言葉となります。

「さようなら」という言葉は
もともと「さようであるならば」という意味の
「さらば」「さようならば」という接続詞です。

接続詞を別れの言葉とするのは
世界の言語の中では非常に珍しいようです。

いつ頃から
「さようなら」が使われるようになったのか、
さっそく見ていきましょう。

(例1) 竹取物語

平安時代初期の物語~~「竹取物語」の例~~

をのこども申すやう、
(→男どもが言うには、)

さらば、いかがはせむ。」
(→そういうことであるならば、しかたありません。)

困難なものであっても、
(→難しいことであっても、)

仰せ言に従ひて、
(→ご命令にしたがって、)

上記「竹取物語」の文を見ると、
確かにこの「さらば」は
前の言葉を受けて、後ろに文章をつなげるための
接続詞です。

平安時代初期には
この接続詞が別れを含んだシーンで多く使われていました。

(例2) 源氏物語

平安時代中期の物語~~「源氏物語」の例~~

世を背きぬべき身なめり
(→出家するしかないぞ)

など、言ひおどして、
(→と言われ、)

「さらば
(→そういうことであるならば

今日こそは限りなめれ。」
(→今日でお別れです。)

竹取物語や源氏物語の例をみてもわかるように、
「さらば」「さようならば」という接続詞は
別れの場面で多く使われています。

そこで、
「さらば」「さようならば」=別れの言葉
というイメージが出来上がっていったようです。

接続詞 別れの文章
さようならば 今日でお別れです

時代を経るにしたがって、
接続詞「さようならば」の後に続く別れの意味を持つ文章
(ここでは「今日でお別れです」)
が省略されていきます。
そして、
「さようなら」の「」も省略され、
「さようなら」となったのです。

日本人の別れに対する考え方

日本人は「別れ」を
~~いったん立ち止まって、今までのことを確認し、
次のことへ進むための節目とする~~
と考えていたようです。
そこで、
「さようなら」という接続詞そのものが、
いろいろな意味を含む別れの言葉になったのです。

つまり、
さようなら」は
「今まではこうだったのだから、そうであるならば
この先はこうしよう。」
という意味を込めて、使っていたのです。

この「さようなら」に、どんな意味を込めるかは
使う場面や使う人によって変わっていきます。

その例を見てみましょう。

例①校長先生の「さようなら」

小学校の校長先生が子供たちに言う
「さようなら」の意味は
「今日も一日一緒に楽しく過ごせましたね。
そうであるならば、明日もまた、元気に来るんですよ。」

こんな意味を込めた「さようなら」でしょう。

例②熟年離婚の「さようなら」

結婚40年、小さなイライラが毎日積もってきており、
子供が自立したので、熟年離婚に至ります。

この夫婦の「さようなら」の場合は
「いやいや何とかやってきたけれども、あなたは全く変わろうとしなかった。
そうであるならば、明日からはそれぞれに人生を楽しんでいきましょう。」

こんな意味の「さようなら」です。

例③ホステスさんの「さようなら」

最後の例は、なんと
夜の街で常連客を見送るホステスさんの「さようなら」です。

ホステスさんの「さようなら」は
「今日もいっぱいお金を使ってくれて、ありがとう。
そうであるならば、また、いっぱい稼いで遊びに来てくださいね。」

といった意味の「さようなら」でしょうか。^^

このように、「さようなら」には多様性があります。

なぜ接続詞が別れの言葉なのか?

しかし、なぜ日本人は
その言葉自体には意味のない「接続詞」を
別れの言葉として、使っているのでしょうか。

それは、竹内先生によると
「日本の忖度文化」に関係している、ということです。

つまり、日本人には 
~はっきりと言葉に出さなくても、
その状況を互いに察しあうことができるし、
その方が好ましいと思う~
傾向がある、ということだそうです。

日本語教師の「さようなら」だったら、
「今日も一緒に楽しく日本語を学べました。
そうであるならば
明日もまた一緒に楽しく日本語を学びましょう。」

という意味をこめて、
「さようなら」と言っている、ということですね。

日本には
一から十までのすべてを言葉に出すのは野暮、
言わなくてもわかることは言う必要はない、
といった文化があります。

「さようなら」という言葉の大切な意味は

「これまでを確認し、さようであるならば
この先もきっと大丈夫」ということです。
さようなら」という言葉には
この先もきっと大丈夫」という
願い祈りが込められているのですね。

今まで何気なく使っていた「さようなら
ただのあいさつとして使っていた「さようなら

これからは、
「(今まで、こんなに努力してきたのだから)
これから先もきっと大丈夫!
(明るい未来が待っているよ。)」


という願いを込めて
もう少し大切に使っていこうかな、と思わせるお話でした。

みなさんは
どんな願いや祈りを込めて「さようなら」を使いますか。

 

ではではニゴでした。

 

 

 

 

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