存在文・所有文・所在文

(1)机の上  辞書 がある

(1’)田中さん には お孫さん がいる

(2)貴重品  金庫の中 にある

(1)のような文を「存在文」
(1’)のような文を「所有文」
(2)のような文を「所在文」ということがあります。

●(1)の「存在文」は存在の場所が文頭に来ます。

●(1’)の「所有文」は「存在文」の中に含めることも多いといえます。
なぜなら、構文が同じで、
「存在」を表すのが「存在文」
「所有」を表すのが「所有文」だからです。

(例1)教室にはキムさんがいる。(存在文)

(例1’)田中さんには娘がいる。(所有文)

 

●(2)の「所在文」は存在の主体が文頭に来ます。
また、
<「存在文」を「主題化」したものが、「所在文」である>
として、すべてを「存在文」という大きなくくりで表すこともあります。

机の上に辞書がある。(存在文)

主題化辞書机の上にある。(所在文)

 

存在文の分類

 

 

 

 

存在を表す「ある」と「いる」

日本語では存在を表す場合、
感情を持っているか否かで、動詞を使い分けます。

有情のもの(人と動物)の存在を表すときには「いる」を
非情のもの(物や建物など)の存在を表すときには「ある
を使います。植物も非情の方に分類します。

こうした使い分けは
英語、中国語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、
マレー語、インドネシア語・・・などにはありません。
日本語特有の表現とも言えます。

そこで、
授業をする際には
母語でこうした使い分けをしていない学習者もいることを
念頭におきましょう。

ただし、この使い分けは
学習者にとっては難しくありません。

所有文

「所有」というと、まず、頭には
「持っている」という動詞を思い浮かべるのではないでしょうか。
例えば

<(人) (物) を持っている >

(例)田中さん軽井沢に別荘を持っている

「所有」と言えば、こちらの文の方が一般的かもしれません。
しかしながら、

<(人) (物) がある >

(例)田中さん軽井沢に別荘がある

という言い方もできます。

ここでは、「~は ~がある」だけではなく、
様々な所有文を紹介していきます。

「所有文」のいろいろな言い方

「所有文」には
持っているものが、どんなものなのかによって、
いろいろな言い方ができます。

ここでは、所有しているものを
(1)人(2)才能…(3)身長…
(4)目…(5)その他
に分けて、見ていきます。

(1)<(人)には (人) がいる >
→持っているものがの場合

(例)田中さんには三人います

この場合、「持っている」は使えません。
(×)田中さんを持っています

(2)<(人)には (才能)がある >
・・・<(人) (才能)を持っている >
(才能)のほかにも、
・・知恵、理性、情熱、熱意、センス…など、
・・人の抽象的な属性を表す多くの言葉につかえます。

(例)田中さんには 何事もやり遂げる情熱がある

(例)田中さん美に対するセンスを持っている

(例)大谷翔平選手 たぐいまれなる才能を持っている

(3)<(人)は (熱)がある。>
<(人)は (身長)(数量詞)ある。>
(熱)(身長)のほかにも、
体重、胸囲などの数字で表せる言葉が使えます。

(例)キムさん (39度も)ある

(例)田中さん身長170センチあります

●熱は「あるかないか」を問題にすることが多く、
数量詞(39度)を言わない場合も多くあります。
平熱という基準値があるため、「熱がある」で、
「平熱以上の熱がある」という意味を表せるからです。

(4)<(人)は 修飾語(目)をしている。>
→持っているものが
「目、耳、口、鼻、髪、羽、尾…」など
体についているものの場合です。この文を使う時には
どんなもの(目)をもっているのか、そのもの(目)
修飾する言葉が必要です。

(例)アンさんをしている

(例)キムさん美しいをしている

●動物などがこうした「特徴を持っている」と
表現するときには
<(動物) 修飾語(耳)を持っている。>

<(動物)には 修飾語(鼻)がある。>
上記のように言った方が自然です。

(例)ゾウ大きいを持っています

(例)ヘラジカには立派ながある

(5)<(人)は (物)を持っている。>

(例)田中さんお金を持っている

(例)田中さん鎌倉に隠家を持っている

●(物)を所有している場合には、
<(人)には(物)がある。>
のように言える場合もあります

(例)田中さんにはお金がある

(例)田中さんには鎌倉に隠家がある

補足1

(1)田中さんには息子が二人いる

(2)田中さんには息子が二人ある

●所有しているものが人(息子)であっても、まれに
(2)のように「ある」が使われていることもありますが、
現代ではほとんど使いません。

例えば

「むかしむかし、あるところに
おじいさんとおばあさんが ありました。」

という表現があります。
これは古語の「あり」を現代語である「ある」に
言い換えたものとも言われています。
古語の「あり」は「有情のもの」の存在にも、
「非情のもの」の存在にも使われていたので、
この「ありました」は「いました」と同じ意味である、
という説です。(尚、この例文は「存在文」です。)

補足2

(1)<(人)には (人) がいる >
→持っているものがの場合

(例)林さんにはが三人います
(×)林さんは孫を三人持っています。

通常、所有しているものが人の場合、
「持っている」は使えません。
しかし、
以下の場合には「持っている」が使えます。

(例1)鈴木さんは 優秀な息子を持って、鼻が高い。

(例2)(×)鈴木さんは息子を持っています。

(例2)のような場合、「持っています」を使うと、不自然です。

(例1)では、
鈴木さんは どんな「人」を所有しているのか、
それによって、
鈴木さんは どんな気持ちなのか、
を述べています。

つまり、
①複文であること
②所有している人物を評価すること
(マイナスの評価でも大丈夫です)
この二点がある場合、「持っている」が使えるようです。

まとめ

「日本語ハンドブック」に、わかりやすい表がありましたので、
ここに記載しておきます。

人には
~がいる
人には
~がある
人は
~がある
人は~を
している
人は~を
持っている
× ×
才能 × ×
× × × ×
× ×
それ以外 × × ×

◎ : 最も典型的に 使われる
〇 : 使える
△ : 誤りではないが、あまり使われない。
×  : 使えない

 

ではではニゴでした。

 

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