「腹の虫がおさまらない」の「虫」って何だろう?

何気なく使っている言葉。
意味はもう、体の一部になっているほどにわかっている。
それなのに、
「その言葉って、どうしてそういう言い方をするの?」と
あらためて聞かれたとき、
「う~ん、どうしてだろう・・・?」と
考え込んでしまうことがありませんか。

今日のテーマである「腹の虫」
「それって何ですか?」
「腹に虫がいるんですか!?」
聞かれたら、
やはり、はたと困ってしまいす。

どうして「腹の虫」と言うのだろう?
どうして「虫」なんだろう?

そう思っていた数日後、ちょうどテレビの番組で
そのことについてやっていました。
これはチャンスとばかり、ここでご紹介します。

南山大学教授 長谷川雅雄氏は
「腹の虫の研究」を20年も続けていらっしゃいます。
長谷川教授からのお話です。

「腹の虫がおさまらない」の虫とは?

大昔、人々は
体や心を乱すのは「鬼だ」と考えていました。

平安時代(794年~1185年)の医学書
「医心方」(いしんぼう)には病気の原因は
「鬼」のせいだと書かれています。

「医心方(いしんぼう)」とは

「医心方(いしんぼう)」 とは日本最古の医学書とされています。
平安時代の鍼博士であり、
医家の丹波康頼(たんばのやすより)氏によって書かれ、
朝廷に献上されました。全30巻の大作です。
「医心方」は日本の医学史だけではなく、
国語学史や書道史上から見ても重要で、
国宝に指定されています。

医心方という本の内容
「医心方(いしんぼう)」

病気の原因「疫鬼」(えきき)

現代では医学が一つの学問として成立しています。
そこで、
病気は医学の力で治すことができる、
ということが常識となっています。

しかしながら、
科学という概念がなかった太古の昔、
人々が病気になるのは疫鬼(えきき)という「鬼」のせいだ、と
考えるようになったのは、ある意味当然だったような気がします。

「疫鬼(えきき)」(宮内庁書陵部図書館課
 図書寮文庫より)

鬼が病を引き起こす、と     
考えられていた平安時代は
体の中から鬼を追い払う祈祷が
病気治療の王道でした。

上記の絵は安倍晴明が祈祷をしているところです。
(日本の医学史より)

当時、祈祷が病気治療の中心であったため、
医者の出る幕は
ほとんどありませんでした。

そこで、医師たちは考えました。
「もし、病気の原因が鬼でなければ、
自分たちも祈祷師のように活躍できるのではないか」と。

医師たちが「鬼」の替わりとして考え出したのが
」です。

鬼が病気の原因だとすると、
到底人間の力では倒せず、
宗教に頼らなければなりません。

しかし、
病気の原因が小さな「」ならば、
人間である医者でも退治できます。

そう考えた医師たちが自分たちの活躍の場を得ようと、
体内で悪さをするのは「虫」だという考え方を
広め始めます。

~「腹の虫」の誕生です~

医師たちは
病気の原因が「鬼」というのは古い考え方だ。
病気の原因は鬼ではなく、「虫」である、と
伝えていきました。

医師たちの目論見は見事に成功します。
徐々に「病気の原因は鬼ではなく、「虫」である」
という考えが世の中に浸透していったのです。

世の中に病はあまたあります。
病気の原因が「虫」ならば、
その数だけ、
病原である「虫」がいなければなりません。
医者たちは病原「虫」を必死に考えました。

様々な「腹の虫」の姿・形を想像し、編み出していきます。

その後、民間では
いかりやイライラなど、病気以外の心の変化も、
「虫」のせいだと考えるようになりました。

腹の虫の正体とは

 昔のお医者様方が、必死で考えた病気の原因、
つまり、

「おなかの中にいる

空想の産物だった虫たちが、
時代を経るにつれて、
病気が起こるのは「腹の虫」のせいだと、
誰もが本気で信じるようになっていったのでしょう。

これから病気の原因である、
「虫」たちをご紹介します。

針聞書(はりききがき)

九州国立博物館所蔵の「針聞書(はりききがき)」
という書物には 
63種類もの「腹の虫」たちが描かれています。

「蟯虫(右側)と血積(左側)」

この書物は1568年(戦国時代)
~織田信長が関西諸国を攻めていたころです~
に書かれました。

「針文書(はりききがき)」は名前の通り、
針治療の本です。
病気の原因である虫たちを退治するためには
どこに針を打ったらいいのかを示しています。

蟯虫(ぎょうちゅう)

上記の本、右側に乗っている虫は
蟯虫 (ぎょうちゅう)です。

舌が長く、おしゃべりな虫 とされています。
なぜなら、
年に6回めぐってくる庚申(こうしん)の夜に、
とりついた人の体内からそっと抜け出し、
閻魔大王に、その人の悪事を話したい放題!
(おしゃべりですね)
そして、地獄に落とそうとする。
ユーモラスな外見のわりに、
なんともやることは恐ろしい虫です。

 

血積(けっしゃく)


血積(けっしゃく)。生息地は脾臓。
大病をした後に生まれます。

取りつかれた人は顔色が青白くなり、ほほがこけ、
全身がやつれてしまいます。

縮砂(しゅくしゃ)(=ショウガ科の種子根)を煎じ、
その汁をこの虫にかけると、消滅します。

縮砂(しゅくしゃ) 縮砂(しゅくしゃ)

 

針聞書(はりききがき)の以下のページに記載されているのは
右側が牛癇(ギュウカン)、左側が馬癇(ウマカン)です。

キウカンと馬カン 牛癇と馬癇

 牛癇(ギュウカン)

 牛癇(ギュウカン)は肺に生息しています。

初期の段階では角はないか、とても小さいのですが、
上記の絵のように角が成長してしまうと、
病気が治りにくくなるそうです。

 

馬癇(ウマカン)

 馬癇(ウマカン)は心臓に生息しています。

強い日差しに当たったり、
火事(大きな炎)を目撃したりすると暴れだします。

時に意識不明となったりしますが、
また、
何事もなかったように元に戻ります。

 

  大酒の虫

 この虫の生息地は腹部全体。
症状としては
お酒を飲まずにはいられなくなるのだそうです。

大酒のみの人が亡くなった後には
必ずこの虫が出てきたと言われています。

 

脹満(ちょうまん)

 腹部から全身に広がります。

腹にいる時は腹に水がたまります。
全身に広がると、
あらゆるところがパンパンにはれ、
手足がなえて、力が入らなくなったり、

胸元がむかむかし、
食事が喉を通らなくなったりもします。

また、
この虫に取りつかれると、
体に悪いものばかりを食べたくなるそうです。

6匹ほど紹介しましたが、
何ともユーモラスな「腹の虫」たちです。

長い長い時代を経て、病気だけでなく、
心の変化までも
「体内の「虫」が原因である」
と、考えられるようになりました。

「腹の虫がおさまらない」
「虫の居所が悪い」
「虫の知らせ」

と言った、
今でもよく使う慣用句は
こうして生まれました。

しかし、
江戸末期に西洋医学が入ってくると、
「腹の虫」たちは消えてゆきました。

今では怒りが収まらないときに、
「腹の虫」のせいにする、
この言葉だけが残ったのです。

悪さをするのが「腹の虫」なら、
誰も文句を言わない。みんな納得してしまう。
「虫」
人間関係のクッションの役割を
担っていたのかもしれません。

いろいろ調べてみると、
「腹の虫」が63匹もいること。
一匹一匹がとてもユーモラス!

昔の人がこんなイラストを描いていたことがわかって
心がほんわかとしてきました。

しかしながら当時は必死だったのかもしれません。
こうした「虫」たちを笑える時代にいることができ、
良かったなあと思います。

 

ではではニゴでした。

コメントを残す

CAPTCHA


サブコンテンツ

このページの先頭へ